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Alles ist vergänglich

東京アンダーグラウンド Vo.3 回向院&首切り地蔵

次に向かったのは、小塚原回向院。
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この回向院は、小塚原刑場(江戸期~明治初期)で処刑された人を葬っている。
しかし、こういうダークネスな場所まで「史跡」とした荒川区はパンクでカッコいい!!
※刑場は、南千住駅のすぐ西側、常磐線と日比谷線の線路に挟まれる場所にある延命寺内に位置する。


入り口のすぐ脇にある「吉展地蔵尊」。
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※昭和を代表する誘拐事件の一つ「吉展ちゃん事件」。
昭和のドス黒い空気がビシビシ伝わってくる事件である。


もう一度、回向院の回りを見ると・・・タワーマンションが建ってたり、かなり再開発が激しい。
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一昔前は、もっともっと灰色の街だったんだろうなぁ。
入居率低いタワーマンションや大型ショッピングモール建設などは、街の風情をぶち壊すのでやめてほしい。



刑死者の試し切りや、腑分け(解剖)が行われた場所でもある。
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さて、まず最初に目に入った墓は、腕の喜三郎の墓。
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墓というより、一種のモニュメントみたいな感じ。
腕の喜三郎は、江戸時代の侠客。
寛文のころ、野出の喜三郎と称する五人力の侠客が、2尺5、6寸の長脇差で町内を横行していた。
あるとき、けんかで喜三郎は相手をさんざんにいためたが、自分も片腕を落とさんばかりに
斬られたのに自若として帰宅し、片腕が見苦しいからとして子分にのこぎりで切り落とさせたという。
世間はその放胆に舌を巻き、腕の喜三郎と名を改め、その侠勇は四方にとどろいた。
のちに出家して片板と号し、講談や歌舞伎狂言に脚色された。(以上、Wiki参照)


つづいては、「明治の毒婦」と言われた「高橋お伝」の墓。
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強盗殺人の罪で斬首刑に処せられたが、この人の悲惨極まりない人生を知ると、
「毒婦」と呼ばれているのが可哀相になってしまう。

写真を見ると、とても綺麗な人だ。
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その実は賢婦人であったろうし、悪い運命に翻弄された“被害者”だと思えてならない。



私が尊敬する偉人の一人・橋本佐内の墓。
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左内が弱冠15歳(!)の時に記した「啓発録」は、全ての学生が読むべき奇跡の良書。
10歳の時に「三国志」を読破したそうだが、どれだけ天才だったのか・・・。
佐内は、洪庵の適塾(大坂)に学び、西郷隆盛、藤田東湖、梅田雲浜、横井小楠、
佐久間象山などの天才たちと交流した幕末屈指の偉人である。


すぐ傍にあるのは、吉田松陰の墓。
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この墓に、松陰は眠っていない。
最初はココに埋葬されたのだが、弟子の高杉晋作らによって、世田谷区・若林に改葬されている。
松陰の事を語りだすと、止まらなくなるのでやめておく。
とにかく、松陰は熱すぎるので困る(苦笑)。
そりゃ、あれだけ熱く生きてたら、早く死ぬわなぁ・・・。


吉田松陰の墓の前にズラリと規則正しく並んだ墓は、「桜田門外の変」で、大老・井伊直弼を暗殺した十五浪士の墓である。
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いや~ 胸が打ち震えて仕方がなかった。
「桜田門外の変」⇒何十回読んでも興奮してしまう。


ねずみ小僧の墓。
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上の部分が少し欠けているが、金運に恵まれるという事で、色々な人が削って持って帰ってるのだろう(笑)。


他にも興味深い人々の墓が沢山あるので、「墓参ラー」の人には、是非おすすめしたい寺院である。






さて、次は「首切り地蔵」のある延命寺へ・・・・・・・
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つーか、歩道橋の上り口に、こういう看板を設置してるのが凄すぎる!!!!!!


その前に、歩道橋の上から線路を見てみる。
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あ~~~ この感じ、たまらない!
灰色の風景に聳え立つタワーマンション群と、デカダンな線路のコントラスト。
昭和時代の南千住は、めちゃめちゃディープで悲しい色の漂う街だったんだろうなぁ。




これが、延命寺の「首切り地蔵」。
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ここ延命寺は、「史跡・小塚原刑場跡」として有名。
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私的には、死刑執行人の山田浅右衛門を思い出す。
山田浅右衛門とは、江戸時代に御様御用(おためしごよう)という刀剣の試し斬り役を務めていた山田家の当主が代々名乗った名。
「首切り浅右衛門」、「人斬り浅右衛門」とも呼ばれた。
映画化してほしいけど、グロ画像満載になるので無理か・・・。
ATG映画が全盛だった頃にでも制作してほしかった!


しかし、この寺の墓域は改装中で、古い写真で見た“おどろおどろしい雰囲気”は、あまり感じられなかった。
(日比谷線や常磐線の車窓から丸見えというのが凄い・・・)

とにかく、ディープで素晴らしかった!
京都、奈良、大阪もディープな場所は沢山あるけど、「刑場跡」というのは初めて。
本当に来て良かったと思う。




と言いつつ、まだまだ続きます(笑)。
by bonchi_mas | 2010-11-21 00:00 | Tokyo Drifter 「連載」