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Alles ist vergänglich

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無鄰菴 

※改訂版

明治の元勲・山縣有朋が造営した別荘「無鄰菴」。
池泉回遊式庭園を作庭したのは、かの7代目・小川冶兵衛。(植冶)

まずは、大好きな壷庭から。
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光、竹、石、苔の配置など、細かな所まで入念に計算され作られている。


「飛び散るような竹の葉に反射した光が凄く綺麗で、何だか花火を眺めている様だ」と、灯りに詳しい友人が言っていた。
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光と風と土の匂いで、感じ方が刻々と変わる美しい壷庭である。


個人的には、母屋の裏側辺りも好きだ。 光と影の芸術。
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外に出て、母屋から庭を望む。
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琵琶湖疏水から引かれた水。
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東山三十六峰と、緑濃き芝生の対比が美しい。
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十一代目・小川冶兵衛が、「植冶では、借景を考慮して庭の設計をしたことはない」
と言っているように、沢山の奇跡的要素が合体した稀有な庭園である。


庭の奥に行き、空を見上げてみる。
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まるで、深い山にいるような錯覚に陥ってしまう。
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この疎水の恩恵を受けた名庭・・・對龍山荘、碧雲荘、織寶苑、清流亭などが、南禅寺周辺に犇いている。


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光の加減が美しい。
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有朋は、京都の一大事業・琵琶湖疎水工事に携わった経験と、英国留学時に得た庭園の情報を身につけていた為、 作庭に関して深い造詣と主張を持っていた。
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明治期は、西洋庭園に関心が集まった時代である。
それをいち早くキャッチした有朋は、まず「芝生」を取り入れたあと、池の水深を極端に低くしたり、
(造園に適した土地ではないのを逆手に取った画期的アイデア)
本来の日本庭園なら脇役クラスの樹木であるモミやシイ、杉などを多用した。


何時間いても、決して見飽きる事の無い名庭である。 
by bonchi_mas | 2009-08-08 00:00 | Kyoto D'or 「連載」

麻雀放浪記

ギャンブル(博打)をやった事がないという人がいる。
そういう人は、よっぽどお気楽に生きてる人だろう。
結婚だって、就職だって、遊びだって、外食だって、ギャンブルみたいなものだ。
人生は、小さな選択(賭け)の連続なんだから。(但し、リスクを背負って生きてる人に限る)

“大きな快楽”を獲たい時は、大袈裟ではなく、身を削る覚悟で賭けに出ることだ。
負けて痛い目に遭うこともあるが、勝った時には、大きな快楽が手に入る。
普通が一番とか、平凡が良いなんて言うのは、エクスキューズに過ぎない。

快楽にも色々あるが、私の言う快楽とは、「情報を獲得すること」である。
(本来、情報というのは、ネットや雑誌等で手に入るものではない)
もちろん、快楽そのものを手に入れるのが一番の目的ではない。
賭けるときの、独特の緊張(ワクワク感)も味わいたいのだ。
こういう経験をしなくなった(したくなくなった)瞬間から、人は老いる。それも、急速に。
(若いとか年寄りとか関係なく)

例えば、
ケンカ(仕事)は、強い奴とやらなきゃ、強くなれない。
セックスは、いい女(いい男)とやらなきゃ、絶対に気持ち良くならない。
じゃあ、どうすれば強くなれたり、いい女とセックスできるのか。
当たり前の事だが、しっかり“努力”し、“リスク”を背負う事だと思う。
そうして、ここ一番で「賭け」に出る。

勝ち負けも大事だが、プロセスも大事だ。
痛い目に遭って、様々な経験を身体に打ち込んでいくうち、勝てるようになってくる。
(負けっ放しで終わる奴もいる)
失敗を怖がって何もしない人は、快楽と一生縁がない。だから、つまらない人間になる。
現代人の多くは、負けの妙味を知らないのではないだろうか。
大したものも持ってないのに、守りに入る人が多すぎる。

ところで、映画を観る時とは、どういう時だろう。
予定がないから観るとか、暇つぶしに観るという人には、土曜ワイド劇場でも観てろと言いたい。
映画を観る為だけの時間を作らないと、決して映画は(脳・心に)入ってこない。
特に、そういう気持ちで臨んでほしいのが、傑作「麻雀放浪記」である。
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たった1時間49分30秒の中に、人生の妙味がギッシリ詰まっている。
麻雀を全く知らない人が観ても、全身がシビレるような映画なのだ。

監督の和田誠は、言わずと知れた名デザイナーである。
「昭和の佐藤可士和」といっても過言ではない。(いや、「平成の和田誠」が佐藤可士和かな)
この作品は、様々な偶然(奇跡)が重なって、とてつもない傑作となっている。
モノクロームの映像が緊張感を煽り、真剣師たちの人生が、我が人生とオーバーラップするかの如く脳髄に沁みてくる。
細かなストーリーなんて、どうだっていい。
上にグダグダと書いたように、「本当の快楽を獲るためには、賭けなくちゃダメだ」ということ。
これが、作品の根底にヒタヒタと流れるテーマだ。
それを、平和ボケして口が半開きになってる人にも、分かりやすく教えてくれる。



とにかく、演者たちが凄い。
まず、鹿賀丈史がクソみたいにカッコいい。
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役名は、「ドサ健」。
プロのバクチ打ちを、途方もない色気と殺気を込めて演じている。

特に、出目徳(高品格)にナイフを突き出すシーンは、バイオレンスとアートが絶妙にMIXし、
今まで経験した事がないような恐怖感を味わわせてくれる。
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恐怖なんか味わいたくない? へタレなことを言わないでほしい。
そういった「映画的体験」が、後々、さまざまな状況で活きてくる。
映画を、単なる娯楽として捉えてはいけない。
世界的絵画を観たり、文豪の名作を読んだりするより、凄い体験が出来る場合があるのだ。



もう1人の注目は、加藤健一。(左)
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滅多に映画に出ない舞台人(紫綬褒章受賞者)なだけに、この作品の演技は凄く貴重。
役名は、「女衒(ぜげん)の達」。
一般的に女衒役で印象深いのは緒形拳だが、加藤健一の女衒がナンバーワンだ。
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吉原遊廓の女衒を、とことんクールに演じ、底知れぬ刻薄を感じさせる。
こういう侠になれたら、どんなにカッコいいだろう。
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主役の「坊や・哲」を演じるのは、アクションスターから完璧に脱皮した頃の真田広之。
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昔から巧いね、この人の演技は。(若いのに色気もあるし)


東大卒の超インテリ・天本英世の怪演にも注目。(奥でメンチ切ってるジジイ)
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天本さんといえば、スペイン文化(舞踏、文学・映画)に詳しい人というイメージが強い。


この作品で、数々の賞に輝いた名優・高品格。
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“識量の鬼”と呼びたくなるような孤高の真剣師を演じ、観る者を唸らせる。

このシーンは、精力剤の代わりにヒ●ポンを打つところ・・・
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これ、堂々と地上波(ゴールデン)で放送されてたんだよね?(苦笑)
今では信じられない。(だから、表現の閉塞感が増すのだろうか)


私は、大竹しのぶの事を、ずっと勘違いしていた。
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まさに、女優になる為に生まれてきた女である。


加賀まり子の色気と貫禄も白眉。(必見)
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最後に、ドサ健の名台詞。(素晴らしい!)
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・メシにつられてバクチ打ちになるな。

・ゼニが大事に見えてきたか?負けて無くすの怖くなったろ。

・あいつはオレの女だ。この世でたった一人のオレの女だ。
だから、あいつはオレのために生きなくちゃならねえ。
オレは、死んだって手前っちに甘ったれやしねえが、あいつだけには違うんだ。
あいつと、死んだお袋と・・・この二人だけには迷惑掛けたって構わねえんだ。

・テメェら、家付き飯付きの一生を人生だと思ってんだろ。
そんな保険のお蔭で、この女が、自分の女か他人の女か見分けもつかねぇようになってんだよ。

・テメェらにできるのは長生きだけだ。 クソたれて、我慢して生きてるだけだ。
by bonchi_mas | 2009-08-08 00:00 | 映画レビュウ 「連載」